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福岡高等裁判所 昭和42年(う)756号 判決

被告人 土岐義男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただしこの裁判が確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審ならびに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福岡高等検察庁検事樺島明提出、長崎地方検察庁佐世保支部検察官検事松岡幸男名義、被告人並びに弁護人横山茂樹、林健一郎連名提出の各控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

一  被告人弁護人らの控訴趣意第一点について

所論は要するに、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約(以下安保条約と略称する)の成立の経過ならびにその背景を、憲法のそれと対比考察すれば、前者は後者と決定的に矛盾し、就中その前文および第九条に違反し無効であり、前者を根拠とするアメリカ海軍原子力潜水艦(以下米原潜と略称する)の佐世保寄港は、同艦の軍事的価値、その寄港の占める戦略的意義、我国内における右寄港阻止運動の状況等に着目すれば憲法第九条に違反することは明白であり、従つてその寄港を擁護し反対斗争を弾圧することを目的とした警備警察を中心とする本件警察官の行動はすべて違憲違法であり本件犯罪は成立しないといわざるをえないのに、原判決がかかる憲法判断をさしひかえ、その旨の明示を欠いたのは誤つているというのである。

よつて審按するに、現安保条約(昭和三五年六月二三日発効)の前文その他の規定内容にてらし、それが憲法前文および第九条に違反し無効であることが一見きわめて明白であるとは断じられないので、当裁判所も最高裁判所大法廷判決が昭和三四年一二月一六日旧安保条約に関して判示したところと同様に、現安保条約のような我国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度の政治性を有するものが、憲法に違反するかどうかの法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査になじまないものと判断するのみならず、起訴状の記載自体から明らかであるように本件は安保条約に基づく米原潜の佐世保寄港反対運動そのものを犯罪行為として訴追せんとするものでなく、記録に現われているその他の資料を総合検討すれば、本件で問題となつている警察官の規制行為が許可条件に違反する蛇行進を制止するためになされたものであり、安保条約に基づく米原潜の佐世保寄港に反対する集団行進そのものを阻止するためになされたものでないことは原判決の説示するとおりこれを窺知するに足りるので、安保条約が合憲であるかどうかは本件公務執行妨害罪の成否自体を按ずるうえにおいて必至的な前提的判断事項になるものとは考えられない。しからば原判決には所論のような誤りはないといわざるをえないので、論旨は採用できない。

一  同第二点について

所論は要するに、長崎県公安委員会は米原潜の佐世保寄港にそなえて福岡、佐賀、熊本三県の公安委員会に警察官の応援派遣を要請するにあたり、予想されるデモの規模、その影響、応援の必要等について自から何等具体的な調査検討を行うことなく、単に形式的に長崎県警察本部の要求を承認したにすぎないし、しかも要請の理由を米原潜の佐世保入港に伴なう集団不法事案に対処するためで、応援警察官の任務は被疑者の現認検挙にあるとしているのであつて、憲法に保障されている表現の自由の行使であるデモを集団不法事案すなわち違法不法の集団としてとらえ、これを弾圧し、いまや確定的となつた米原潜の佐世保寄港を是が非でも擁護するために、前例もなく、またその必要も全くないのに他県警察官の応援派遣を求めたことが明らかであるから、長崎県公安委員会がした本件警察官の応援派遣の要請は、憲法の前文および第九条に違反しており、従つてこれに応じて派遣された本件警察部隊の行動も、さらに憲法第九九条に違反するものとして適法な公務の執行たりえない、というのである。

よつて審按するに、警察法第三六条第二項第六四条によれば、都道府県警察は本来当該都道府県の区域について、同法第二条に定められている犯罪の予防鎮圧および捜査、被疑者の逮捕、交通の取締等の警察の責務に任ずるのであるから、その警察官の職務を行う管轄区域も当該都道府県の区域になるのであるが、警察活動の対象たるべき社会事象が複雑多様化するに伴ない、一つの都道府県警察の能力だけで処理しがたいような事態の発生もありうるので、これに対処するため同法第五九条第六〇条第一項第三項は、都道府県警察は相互に協力する義務を負い、都道府県公安委員会は他の都道府県警察(意思表示の相手方はその管理機関である他の都道府県公安委員会―同法第三八条第三項)に対して援助の要求をすることができるとし、この要求により派遣された都道府県警察の警察官は、要求をした都道府県公安委員会が管理する都道府県警察の管轄区域内において、その管理のもとに職務を行いうることとしたのであつて、いかなる場合にその必要を認め、いかなる内容の援助を要求するかについてはその規定をみないが、それは都道府県公安委員会の自由なる裁量に属するものと解するのが相当である。そこで所論に鑑み本件について看るに、原審証人磯崎忠義(第一三回公判調書中)および同小山友一(第一一回公判調書中)の各証言を精査すれば、長崎県公安委員会が福岡佐賀熊本三県の公安委員会に対し、本件警察官の派遣を要請する手続に所論のような瑕疵は存しなかつたことが認められ、右磯崎忠義の作成にかかる警察官派遣についてと題する電文によれば、起ることの予想される不法事案として米原潜寄港反対のデモ隊と右翼団体との衝突が掲げられているし、右電文全体の文意に徴しても、右派遣の要請が米原潜の寄港に反対することを不法視し、これを主張する団体の集団行進をとくに取り上げ、これを弾圧するためになされたものであるとは認められないし、その他右派遣要請が所論のように長崎県公安委員会においてその裁量の範囲を逸脱し違憲違法の目的のためになされたことを認めるに足りる資料はない。しからば同公安委員会の要請に基づき佐世保市に派遣された本件警察部隊の援助活動も決して所論の護憲義務に反するものとはいえないので、論旨は理由がない。

一  同第三点について

所論は、憲法第二一条によつて保障される表現の自由の行使であるデモを、一般交通の安全円滑という公共の福祉との調和を保つために規制する妥当な基準としては、いわゆる「明白かつ現在の危険の原則」以外にはありえないところ、道路交通法第七七条、その第一項第四号に基づく長崎県道路交通法施行細則第一五条第三号は、デモの行われる場所に関して単に「道路」と規定するだけであり、その方法に関しては全く規定していないので、かくてはデモが性質上通常道路において行われることに鑑み、規制対象の場所的方法的特定性については毫も考慮を払つていないことに帰するし、さらに道路交通法第七七条第二項では道路使用の許否を決するにあたつては、「交通の妨害」となるおそれの有無を基準としなければならないことになつているが、妨害およびそのおそれの程度については全く規定していないので、かくては道路におけるデモがある程度交通に影響を与えることを避けえない状況に鑑み、許可基準の明確性合理性を充足しているとはいえないし、許否の判断が所轄の警察署長に一任されていることをも考慮に容れるならば、その判断の恣意不当性はいよいよ拡大されるおそれがあるので、道路交通法第七七条、長崎県道路交通法施行細則第一五条第三号によるデモの規制は違憲たるを免れないというのである。

よつて所論に鑑み審按するに、道路交通法は、公共の安寧秩序を維持するため集団行動を規制することを目的として制定された各地の公安条例とは異質のもので、その目的は同法第一条が示すように道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることにあるので、同法第七七条および関係諸規定を同法の目的、規定全体の精神に即し、実質的かつ有機的に解釈するならば、道路は一般に開放されその交通の用に供せられることを本来の用途とするのであるから、これを特に他の用途に使用せんとする場合制約を受けることがあるのは、けだしやむをえないものというべく、されば同法第七七条第一項が第一号ないし第三号においてかかる特別使用の行態を例示した上、第四号においてこれを補完することを公安委員会に認め、そして特別使用せんとするにあたつては、警察法第二条に明らかなように交通秩序の維持をその責務の一とし、当該道路や交通の状況を知悉している所轄警察署長の許可を受けなければならないとしたこと、また長崎県公安委員会が右第四号の規定をうけて長崎県道路交通法施行細則第一五条第三号において、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用するものとして、その実態に鑑み集団行進を特別使用の行態に加えたのも、当然であるといわなければならない。もつとも集団行進が表現の自由行使の一形態として憲法第二一条の保障をうけ、しかもそれが一般大衆の交通の用に供せられる道路を使用して行われる場合、その移動性と相俟つて思想表現の手段として極めて効果的であることはいうまでもないので、これを一般交通の安全と円滑という公共の福祉との調和を保持するため制約するには、慎重なる配慮を要し、制約を必要最少限度に止めなければならないことは原判決の説示するとおりであるから、これを前示規定にてらして看るに、道路交通関係法規の関渉する部面として集団行進の行われる場所を「道路」としたことはまことに当然かつ正当であり、その方法やために招来される交通妨害の程度が極めて複雑多様にしてあらかじめ規定化するになじまないところから、前記のとおり「一般交通に著しい影響を及ぼすような」場合に限ることと定め、さらに同法第七七条第二項により道路の特別使用に関し禁止に重点をおくことなく、原則として許可を義務づけ、不許可の場合を厳格に制限していることを考量するならば、道路交通法における上来説示した程度の制約は一般交通の安全円滑との調和上やむをえない必要最少限度のものというべく、これをしも違憲であるという論旨は到底採用できない。

一  同第四点について

所論はかりに道路交通法第七七条によるデモの規制が合憲であるとしても、佐世保警察署長が本件道路の使用を許可するにあたり付した条件中佐世保市平瀬町無番地所在のロータリーから佐世保重工業株式会社東門に通ずる間の道路の使用を禁止したことと渦巻き、蛇行進を全面的に禁止したこととは一体をなしており、道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図るためのものとは到底考えられないので、かくては条件は全体としてもつぱら、本件デモの企図する米原潜寄港反対の意思の表示を阻む目的で付されたことに帰し、憲法第二一条で保障されている表現の自由を不当に制限する違憲違法のものといわざるをえないというのである。

よつて審按するに、道路交通法第七七条第二項第二号第三項に規定した道路の特別使用の許可に際し付せられる条件は、行政行為の付款ともいうべく、さきに説示したとおり特別使用が許可されることを前提とし、実質的にその使用の方法、規模、態様など外形的な事情に即応し、一般大衆の交通の便益との調整措置としてこれに制約変更を加えるのであつて、決してその使用の意図目的自体に関しては何らの制約変更を強いるものではないと解せられる。これを本件について看ても、記録上本件集団行進の許可に付せられた条件が、所論のように米原潜寄港反対の意思の表現を阻害する目的でなされたものと認むべき資料はなく、全順路にわたり渦巻き、蛇行進など交通の妨害となる方法で行進しないことを条件としたのも、集団行進が本来平穏に秩序を重んじてなさるべきものであることからすれば、当然守らなければならない基本的事項であるばかりでなく、原判決挙示の本件道路使用許可申請書にみられるが如く、一〇〇〇名もの集団が午前七時から同一一時まで三列縦隊になつて市内の中心道路を行進する際、渦巻き、蛇行進に及ぶということになれば、そのため一般の交通が著しく妨害されるであろうことは、常識上予想されることであるし、所論の区間の使用を全くさしとめたことも、原審証人佐々木米治(第一〇回公判調書中)小山友一(第一一回公判調書中)江浜力(第一二回、第一三回公判調書中)の各証言、佐々木米治の小山友一宛交通調査報告書、司法警察員作成の実況見分調書により、右区間の地況とくに佐世保重工業株式会社東門先きの状況、周囲の環境、交通事情のほか過去一度同区間の折返し行進を許可した結果が楽観を許さなかつたという経験と右許可申請書に現われている集団行進参加者の人数隊形その他を考量した末、隊列や梯団を少なくするなど他の条件を付加しても折返しの混雑に伴なう一般交通の著しい被害は避けられないと予測した挙句のことであることが認められ、以上いずれもかかる条件を付したからといつて集団の意思の表明に不自由を感じさせる程度のものとは認められないとの判断に基づくことを窺知するに足り、右小山友一の証言によれば、申請者側において右条件を了承していたことすら認められるので、結局右条件は市内の中心道路における一般交通の安全円滑との調和をはかるため、そこを使用する集団行進に課せられた必要最少限度の合理的な条件であるといえるので、これを違憲違法という論旨は理由がない。

一  同第五点の一について

所論は、本件デモ行進が蛇行進のかたちをとるにいたつたのは、上陸場方面から原判示ロータリー付近に引き返して来た一団に対し、警官隊においてある者は東、ある者は北に行けと混乱した指揮を行つた結果でありまた許可の条件にはない順路をとつて原判示ロータリーから北方に行進したのも、一旦許可されている平瀬橋方面に向おうとしたのに対し、警官隊がこれをさえぎつたため、やむをえずそうなつたまでであり、いずれもデモ参加者がその意思に基づき意識的に行動したのではなく、すべて警官隊のせいに帰するのであるから、かかるデモ隊の行動は、もとより道路交通法第一一九条第一項第一三号に規定した許可条件違反の罪に該当しないし、また同罪がまさに行われようとする場合にもあたらないことは明らかであるのに、原判決がこれを積極に認定したのは事実誤認にほかならないというのである。

よつて審按するに、原審(第一二回、第一三回公判調書中)ならびに当審(第二回公判調書中)証人江浜力の証言によると、原判示ロータリー付近現場の総括指揮者であつた江浜力は、上陸場方面からデモ隊形をとつて北上してくる原判示一団約一五〇名を認めるや、それまで上陸場方面への南下を阻止され右ロータリー北方東側の歩道上に停留していたデモ参加者とみられる約三五〇名を平瀬橋方面に先行させた上、その後尾に右一団を、右ロータリーから北方車道中央線付近に東面して安達中隊、佐賀中隊の班に阻止線を構成している部隊の背後と西側歩道との間の車道部分を通して迂回させて追随させ、もつて当日許可されている順路どおりに行進させようと決心し、右一団の先頭が右ロータリー南方の鉄道引込線を少し北に越えたところで停止するのを見届けるや、右ロータリーの西側に田村中隊長、前田大隊長をよびよせ、その旨指示して誘導を命じた後、さらに近くの交通整理の部隊に同様指示し終つた途端に、それまで隊伍を整えつつあつた右一団が、突如一斉に掛け声をあげ、駈け足で発進北上を開始し、当初はほぼ直行したが、ロータリーに近い安達中隊の左翼背後にいたり蛇行進を始め、つぎに並んでいる佐賀中隊の背後近くにいたるや蛇行の幅を大きくし、同中隊の左翼を通過し終るや、車道一ぱいの蛇行に移行しつつ北進を続けたことを認めることができ、原審証人平川平八(第九回公判調書中)、原審(第八回公判調書中)ならびに当審(第三回公判調書中)証人小島家富の各証言、司法警察員坂井一秀同淡田幸雄の各現場写真撮影時の状況報告書添付写真、司法警察員西川秀幸外二名作成の映画フイルムもこれに符合するので、江浜力の証言は十分信用することができる。してみると右一団が一旦停止から発進し、北に向い直行ついで蛇行進にいたる状況は、極めて突発的で時間的な余裕なくして発生したのち、一連の接続した整々たる経過をとつた意識的なものといわざるをえない。これに対し原審証人石橋政嗣(第一九回公判調書中)は、右一団を引卒して右ロータリー付近まで来て停止したのち、江浜力を含めた警察側の責任者との間に、最終的に北方すなわち総合会館方面に進むことにきまるまで、今後の進行方向について折衝を遂げたと供述しているが、当時の江浜力の動静は前記のとおりで、その証言中石橋政嗣とそのような折衝をした事跡を認めるに足りるものはなく、その他の警察側の責任者については全く具体的でなく(江浜力はその証言中でその際の時間的体験からみて、田村前田の両名においても右一団と折衝して方向を指示して誘導するひまはなかつたものと思われるとすら述べている)、記録上石橋政嗣と折衝し北進を命じた警察官のいたことを確認できる資料はないので、所論にそう同証人の爾余の供述部分はその前提を欠くのみならず、さきに認定した右一団の行進の状況にてらしたやすく信用できない。かりに警察官の何等かの指示が右一団の北進を決定づけるについて作用していたとしても、それは単に行進の方向に関するに過ぎず、それが因果の連絡を辿つて本件で問題となつている蛇行進を醸成させたとは、前示右一団の行進の状況にてらし到底考えられないので論旨は理由がない。

一  同第六点について

所論は要するに、原判決が不自然でしかも経験則に反する東文一の証言や物理的に不可能な事実を観察したという川北冬生の証言など、ともに信用するに堪ええない証拠に依拠して被告人の本件犯行を認定したのは、事実の誤認にほかならないというのである。

よつて審按するに、原判決の挙示引用する証拠によれば原判決摘示の如く被告人の犯行を認めるに十分であり、原審(第五回第六回公判調書中)ならびに当審(第三回公判調書中)証人東文一および原審証人川北冬生(第七回公判調書中)の各証言を所論に鑑み仔細に検討しても、いずれも詳細かつ明瞭にして首尾一貫しており、ことに東文一が原判示側溝に転落してから川北冬生を認めたときまでの体位方向視線動作の変転する状況は真に迫り極めて自然であり、司法警察員作成の実況見分調書に現われている現場の周囲の地況とも合致していて、経験則違反を疑わしめる点はなく、また川北冬生は被告人が単独でなく、右に一人、左に二人とともにスクラムを組んでいたのを目撃しているのであるから、被告人の体勢が幾分前傾しその右足下部を掴まれていても、左足でうしろ蹴りすることは所論のように物理的に不可能であるとはいえず、両証言とも充分これを措信するに足りる。これと対比すれば当審証人上野四郎(第四回公判調書中)は原判示ロータリーの北方東側の歩道上の司法警察員作成の実況見分調書第二図の〈5〉点付近、すなわちそこらに停留していたデモ参加者の集団のほぼ北端にいて、その先頭グループの一員として、折柄車道上を北東進して来た前記一団の後尾に合流接続して行進を始めて間もなく、警察官から右歩道上に押し上げられその直後に現場を見たというのであるが、合流前同証人の位置していたところと、被告人が原審第二七回公判において供述するその位置、即ち原審検証調書見取図〈1〉の地点との間にはかなりの場所的離隔を存し、しかもその間に約三五〇名にのぼる多数の者が密集していたこと、からすれば、果して同証人が本件現場を目撃できる時間的場所的関係にあつたか疑いなきをえないし、同証人に後続する多数の群集の隙間からこれを目撃したにしても、数人の暴行している状況については詳細であるのに、被害を受けている警察官についてはその上体の方向のみ詳しくてその他の状態については明らかでなく、精疎入りみだれ、結局同証言は信用できないし、また当審証人熊谷恒夫(第五回公判調書中)の証言も、一〇数米離れた道路中心線付近を進行中の車上から混雑したデモ隊の渦を通して見る際、のびた指揮棒が次第に沈んで行く状況は格別、これを握つている者の動作、状態、果ては側溝に落ち行く方向まで詳細に確認できるとは極めて疑わしく、原判決の挙示する司法警察員坂井一秀、司法巡査香椎晃作成の各報告書添付の写真に同証人の乗つていたという自動車が写つていないことも、不可思議であり、全体的に検討して、これまた信用し難い。原判決には所論のような事実誤認の違法は認められないので、論旨もまた理由がない。

一  検察官の控訴趣意について

所論は要するに、原判決の事実誤認、法令の解釈適用の誤を論難するものであり、(一)本件現場を中心とする施設、群衆、交通状況、蛇行進の実情等を彼是総合すれば、熊本中隊の本件圧縮規制は、まさに警察官職務執行法第五条後段に定めた犯罪予防のための制止の要件を完全に充足する適法のものというべきである(なお被告人弁護人らの控訴趣意第五点の二はこれに対する反論であると認められる)。(二)かりにそうでないとしても、それは一応適法な職務の執行とみらるべき外形と実質を備えていたものであり、犯罪の予防という一般的抽象的権限を有する警察官東文一において、具体的にも本件現場全般の情勢下、上司の指揮に従い本件蛇行進を制止することが自己に課せられた適法正当な公務の執行であると信じこみ、その制止に出でた以上、一時側溝に転落させられてやむを得ず事実上職務を執行できない状態があつたとしても、その職務の執行は一貫して刑法第九五条により保護せらるべきである。(三)さらに佐世保警察署長の道路特別使用許可の条件に反して開始された本件蛇行進は、その時点において行進の指揮者のみならず、行進者全員につき道路交通法第一一九条第一項第一三号の罪が成立するのであるが、かような場合現行犯(刑事訴訟法第二一二条)として直ちに逮捕するまでのことはなく、これを制止するだけで警察法第二条第一項に定めた犯罪の鎮圧という警察の責務を達成しうるとみたとき、右限度に止めておくことはもとより法の許容するところであるから、現に発生継続している道路交通法違反の行進の鎮圧にあたつている熊本中隊の一員として行動していた東文一の制止行為も現行犯である道路交通法違反の犯行鎮圧という目的にかなつた適法な職務の執行にあたる、というのである。

よつて審按するに、警察官職務執行法第五条後段は、犯罪がまさに行われようとする場合その予防のため警察官が制止行為をなしうる要件として当該行為を放置することにより移行すべき犯罪を、直接に人の生命若しくは身体に対し危険を、財産に対し重要な損害を及ぼすものに限定し、しかも右移行につき蓋然性ないし高度の可能性、客観的明白性を具備し、緊迫状態下にあることを要求し、もつて令状主義をとらない行政警察上の即時強制につきその濫用にわたることを防止しようとしているので、この立法趣旨を体し、本件事案を精査検討するに、原審における証拠調の結果に当審におけるそれを総合しても、本件集団行進が直ちに前に掲げたような犯罪に移行するおそれのある状況にあつたと断じ難いことは、原判決が詳細かつ正当に説示しているとおりであるから、警察官職務執行法第五条に基づき犯罪の予防を主眼とするときは、熊本中隊が本件程度の集団行進に対して行つた圧縮規制は、同条後段の要件を充足していない不適法な制止行為といわざるをえず、公務の適法性の判断に主観的要素を顧慮するにしても、該中隊の一員として行動していた東文一自身その証言(原審第五回、第六回、当審第三回各公判調書中)に現われている当時の認識ないし行動にてらし、かかる重大な要件事実の存否につき、黙止できない無関心ないし誤認があつたことを否定できないので、本件に関する限りにおいては、これを適法な公務の執行と認めることはできない。論旨の(一)および(二)は認容できない。そこでさらに進んで論旨の(三)について審究するに、原判決挙示の証拠に当審証人江浜力(第二回公判調書中)および小島家富(第三回公判調書中)の各証言を総合すれば、本件集団行進が前段説示の経過をとつて蛇行進に移行し、これに原判示ロータリー北方東側の歩道上に停留していた三五〇名ぐらいのデモ隊員も後尾に合流接続して一体となり、蛇行進を続けながら北進中であつたこと、そしてそれまで右ロータリー北方西側歩道に接した車道部分を通り徐行ながらもともかく保たれていた車両等の交通が停滞するようになつたことが認められるので、本件の場合は熊本中隊が実力行使に出る際、すでに、佐世保警察署長が本件道路の特別使用を許可するに際し付した渦巻き蛇行進など交通の妨害となる方法で行進しないという条件に違反したことを内容とする道路交通法第一一九条第一項第一三号(法定刑は三月以下の懲役又は三万円以下の罰金)の犯罪が成立し、さらにくりかえされて違法状態が継続していたものというべく、従つてかかる事態に直面した警察官は、直ちに司法警察として蛇行進参加者(前記道路交通法の処罰規定をみても、可罰の対象者を蛇行進の指揮者ないし主催者に限定する趣旨であることは認められない)を現行犯逮捕することに、何等法律上の障害はなく、もとより適法であり、警察法第二条第一項が、予防に並べてすでに発生した犯罪の鎮圧をもつて、警察の責務とした趣旨に適合するのであるが、若し彼我の人数、四囲の状況などからみて集団に対し一挙に現行犯逮捕の措置に出ると却つて混乱を増大させ、交通遮塞を免かれなくする虞があり、むしろ現に存する違法状態を事実上差し止めることで、ともかくも侵犯された交通秩序を回復し事態を平穏に帰せしめうるとみた場合は、その裁量により敢て現行犯逮捕という強力な手段に訴えることなく、これより軽度の警察官職務執行法第五条後段に定めている制止程度の即時強制の措置をとりうることとしても、決して法の精神に反することもなく、警察法第二条第二項で厳に戒しめている権限濫用の場合にもあたらないと思料される。してみると本件の場合東文一が、上司の指揮にしたがい、現に継続されている道路の特別使用許可の条件に反する蛇行進をさしとめるため行動していたのは、適法な職務の執行であり、その途中で側溝内に転落させられ、やむを得ず一時事実上これを継続できない状態が現出し介在していても、全般的考察のもとでは一貫して職務執行中であるとみても条理に反することはないので、論旨は(三)において理由があるといわなければならない。

さすれば原判決が論旨(三)に関連して考究をめぐらすこともなく、被告人が東文一の右大腿部に加えた最初の暴行が公務執行妨害罪を構成することを否定して、単純暴行罪となるにすぎないとしたことは、右各罪の被害法益、罪質その他法的評価のうえで判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認、ひいて法令の解釈適用の誤をおかしたことに帰するものといわざるをえないので、原判決はこの点において破棄を免れない。

以上説示したところにより、被告人の控訴は理由がないが、検察官の控訴は理由があるので刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第三八〇条を適用して原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書にしたがい、つぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は日米安保条約に基づきはじめて米国海軍原子力潜水艦が佐世保に入港するにあたり、現地で行われる該寄港反対の集団行進抗議集会等に参加するため佐世保市に来たものであるが、昭和三九年一一月一三日午前九時過頃同市平瀬町無番地所在のロータリー北方東側歩道付近に警官隊から上陸場方面に南下することを阻止されて停留していたところ、午前一〇時四〇分頃になつて、さきに上陸場方面にはいつていた約一五〇名ぐらいの者が右ロータリー近くまで引き返し、そこで隊伍を整えて蛇行進しながら近接して来たので、労働組合側の宣伝車からの指示に基づき、被告人はそこに停留していた約三五〇名ぐらいの者とともにその後尾に合流接続して蛇行進しながら北方総合会館方面に向け進んだが、午前一〇時五〇分頃それまで右蛇行進を佐世保警察署長において道路交通法第七七条に基づき本件道路の特別使用を許可する際に付した条件に違反するものであるとして、その制止にあたつていた長崎県公安委員会の援助の要求により同警察署に派遣された熊本県警部東文一が、たまたま右蛇行進中の一〇数名に巻きこまれて右ロータリーの北方約五五米の道路東側の歩道横の側溝に転落し、歩道上にはい上ろうとして右大腿部を歩道面より上にあげているのを認めるや、右足でこれを一回足蹴りにし、同警部から直ちに公務執行妨害の現行犯人として右足を掴まれて逮捕されようとするや、左足で腹這いに近い前傾の姿勢になつている同警部の頭から左背部にかけ二回足蹴りにして、もつて同警部の前記公務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の所為は包括して刑法第九五条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し、諸般の情状に鑑み同法第二五条第一項を適用して、この裁判が確定した日から一年間右刑の執行を猶予し、原審ならびに当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩崎光次 淵上寿 伊東正七郎)

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